弁護士の「利益相反」とは― なぜご相談をお断りすることがあるのか ―

法律事務所に相談しようとした際に、
「相手方のお名前を教えてください」
「その方とのご関係を教えてください」
と確認されたり、場合によっては、
「申し訳ありませんが、このご相談はお受けできません」
と案内されたりすることがあります。

もっとも、法律事務所がご相談やご依頼をお受けできない理由は一つではありません。
事案の内容、証拠関係、対応可能な分野かどうか、事務所の受任状況など、さまざまな事情を踏まえて判断されます。

その中でも、相談される方にとって分かりにくいものの一つが、利益相反です。
「まだ正式に依頼していないのに、なぜ受けてもらえないのか」
「なぜ相手方の名前や関係者について確認されるのか」
と疑問に感じられることもあるかもしれません。

利益相反のルールは、依頼者の利益を守り、弁護士の職務の公正を確保し、弁護士制度に対する社会の信頼を維持するために設けられています。

このコラムでは、弁護士がご相談やご依頼をお受けできない理由のうち、利益相反に焦点を当てて、

  • 利益相反とは何か
  • どのような場面で問題になるのか
  • なぜ厳しく制限されているのか
  • ご相談の際にどのような情報確認が行われるのか

を整理してご説明します。

なお、以下は利益相反に関する一般的な説明であり、実際の受任可否は、個別の事案ごとに判断されます。

1 利益相反とは何か

弁護士は、依頼者の立場に立って、その利益を守ることを職務とします。
そのため、同じ弁護士又は同じ法律事務所が、利害の対立する当事者双方に関わることは、原則として許されません。

たとえば、次のような場面が典型です。

  • 離婚について、夫婦の双方から相談を受ける場合
  • お金の貸し借りについて、貸主と借主の双方から相談を受ける場合
  • 顧問先企業を相手方とする紛争について、別の方から依頼を受ける場合
  • 複数の依頼者の間で、回収の優先順位や取り分が衝突する場合

このような場面では、「弁護士は誰のために動いているのか」が曖昧になり、依頼者の信頼を損なうおそれがあります。そのため、弁護士法25条や弁護士職務基本規程27条・28条は、一定の事件について職務を行うことを制限しています。

2 どのような場面で問題になるのか

⑴ 同じ紛争の相手方から相談を受ける場合

もっとも分かりやすいのは、同じ紛争について、相手方からも相談や依頼を受ける場合です。

たとえば、離婚について一方当事者から具体的な事情を聞き、法的な見通しや対応方針まで説明した後で、もう一方当事者から同じ離婚問題の相談を受けるような場面です。
この場合、すでに一方当事者との間で信頼関係が形成されており、その方のために把握した情報が、反対側との関係で問題になり得ます。

そのため、正式な委任契約の有無だけではなく、相談の内容がどこまで具体的であったか、信頼関係が形成されたといえるかが重視されます。

⑵ 顧問先を相手方とする場合

弁護士が企業等の顧問をしている場合、その顧問先を相手方とする事件の受任は、原則として慎重な検討が必要です。
顧問先とは継続的な信頼関係があり、日常的な相談を通じて内部事情に接していることが多いためです。弁護士職務基本規程28条は、このような継続的関係のある相手方との関係を問題にしています。

⑶ 依頼者どうしの利害が衝突する場合

利益相反は、いわゆる「敵味方」の関係だけで生じるわけではありません。
一見すると同じ側に見えても、依頼者どうしの利害が衝突する場合があります。

たとえば、同じ相手に対して複数人が請求権を持っているものの、相手方の資産が限られていて、誰をどこまで優先して回収するかで対立し得るような場合です。
このような局面でも、弁護士は一方の利益を優先すれば他方の不利益につながるため、受任が問題になります。

⑷ 同じ法律事務所全体に及ぶ場合

利益相反の問題は、個々の弁護士だけでなく、同じ法律事務所に所属する弁護士全体に及ぶことがあります。
共同事務所では、一人の弁護士が受けた相談や受任の問題が、他の所属弁護士にも波及し得るため、実務上は事務所単位で利益相反チェックが行われるのが一般的です。弁護士職務基本規程57条・58条は、この点と関係します。

3 なぜ厳しく制限されているのか

利益相反のルールが厳しいのは、主に次の理由からです。

第一に、依頼者の利益を守るためです。
一度相談した内容や、弁護士との間で築かれた信頼が、後に相手方との関係で問題になってはなりません。

第二に、弁護士の職務の公正を確保するためです。
どちらの側にも配慮しなければならない状態では、目の前の依頼者の利益のために全力を尽くすことが難しくなります。

第三に、弁護士制度全体への信頼を守るためです。
外から見ても「あの弁護士は、依頼者の立場を守っている」と分かることが、制度への信頼の前提になります。

4 相談を断る理由を詳しく説明できないことがある

利益相反のおそれを理由に相談や受任をお断りする場合でも、法律事務所側が詳しい事情を説明できないことがあります。

これは、弁護士には秘密保持に関する強い規律があるためです。弁護士法23条や弁護士職務基本規程23条は、弁護士に対し、職務上知り得た秘密をみだりに漏らしたり利用したりしてはならないという守秘義務を定めています。仮に「すでに別の方から相談を受けている」といった事情を具体的に述べると、それ自体が他人の秘密に触れるおそれがあります。

そのため、実務では「利益相反のおそれがあるため」「事務所の利益相反チェックの結果、受任できないため」といった、一定程度抽象的な説明にとどまることがあります。

5 例外的に受任できる場合はあるのか

利益相反が問題となる事件でも、条文の構造上、関係者の同意などが問題となる場面はあります。
もっとも、実務では、同意があるから常に受任できるというものではありません。

たとえ形式的には例外の余地があり得るとしても、

  • 本当に利害が切り分けられるのか
  • 将来の対立が生じないか
  • 外形的に見て公正さに疑問が生じないか
  • 依頼者に十分な説明ができているか

といった点を慎重に検討する必要があります。
そのため、法律事務所としては、少しでも危うさがある場合には、最初から受任を控えることが少なくありません。これは、依頼者保護と信頼維持を優先した運用です。

6 ご相談の際にお願いしたいこと

利益相反による行き違いを避けるため、相談予約の段階で、次の点をできるだけ正確にお伝えいただくと助かります。

  • 相手方の氏名、会社名、屋号
  • ご本人との関係
  • どの立場で相談したいのか(本人、家族、会社など)
  • すでに他の法律事務所に相談したことがあるか
  • 関連する当事者が複数いるか

これらの情報があることで、事務所側も早い段階で利益相反の有無を確認しやすくなります。結果として、相談を受けられるかどうかを、より正確にお伝えできます。

7 まとめ

利益相反のルールは、相談される方から見ると不便に感じられることがあるかもしれません。
しかし、その不便さの背景には、

  • 相談内容が相手方のために使われないようにすること
  • 弁護士が「誰のために動くのか」を曖昧にしないこと
  • 弁護士制度全体への信頼を守ること

という重要な目的があります。

法律事務所が、相談申込みの際に相手方や関係者について確認するのは、その信頼を守るための第一歩です。
ご負担をおかけすることもありますが、公正さと秘密保持を確保するために必要な手続として、ご理解いただければと思います。

主な関係規定
弁護士法23条・25条、弁護士職務基本規程23条・27条・28条・32条・57条・58条


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